静岡地方裁判所 昭和57年(ワ)526号 判決 1984年3月23日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金二〇〇万円および内金一二〇万円に対する昭和五三年一月一日以降、内金八〇万円に対する同五七年九月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は土地家屋調査士の業務を行うものである。
2 前訴関係(昭和五二年(ワ)第五三七号 損害賠償請求事件、以下「前訴」という。)
(一) 被告(前訴原告、以下同じ。)は昭和五二年一一月二四日原告(前訴被告、以下同じ)を相手取り前訴を提起した。
(二) 前訴の請求原因は次のようなものであつた。
(1) 被告は、同四八年九月二九日、静岡市丸子六四四九番地ほか四二筆(公簿総面積一八、三七六坪)の土地(以下「本件土地」という。)を訴外山本建設工業株式会社(以下「山本建設」という。)に左記特約付で売渡した。
特約 売買代金は実測取引とし、実測のうえ坪当り単価金五七一三円に実測面積を乗じた額を売買代金と確定する。
その際本件土地の測量を原告に依頼した。
(2) 原告は同年一〇月二五日実測図を作成したが、それによればその面積は一五、一九一・六〇坪とされているが、原告は過つて過少に測量した。
(4) その結果、被告は過少分の土地代金五四四万五〇〇〇円がもらえず、同額の損害を蒙つた。
(4) 原告の右過失による過少測量と右損害との間に因果関係がある。
(三) 前訴については同五五年七月一八日「請求棄却」の判決言渡があり、被告は一旦控訴したが同五七年九月一四日控訴を取下げ、前訴の右判決は確定した。
3 前訴提起の不当性
(一) 原告は同四八年一〇月ころ山本建設の発注により本件土地を測量し、同月二五日ころその測量図、面積計算書を作成したものである。
(二) 原告は前訴の提起前から被告に次のことをくり返し説明又被告は確認をとれば容易に知り得たものであつたので、前訴の提起が理由なく不当なものであることは被告は十分知り又は知り得たものである、しかるに被告はあえて前訴を提起したものである。
(1) 原告は本件土地の測量を被告から依頼されたものではなく、山本建設から依頼されたものである。
(2) 測量の結果、仮り客観的面積と異るとしてもそれは被告が本件土地の売却を依頼した訴外小柳理八(以下「小柳」という。)の指示が悪いので原告が過つて測量した事実はない。
(3) 山本建設から被告が受領した代金はむしろ貰い過ぎである。
4 原告は前訴においては当然勝訴したが、被告の不当提訴により次の損害を蒙つた。
(一) 弁護士費用 金 八〇万円
原告は前訴の防禦のため、やむなく弁護士の訴外鈴木信雄同奥野兼宏、同河村正史らに前訴の応訴を依頼しその報酬等として金八〇万円を支払つた。
(二) 慰謝料 金一二〇万円
いわれなき誤測量のぬれ衣をきせられ精神的損害を蒙り、それを慰謝するにたりる金額は右金額を下らない。
よつて、原告は被告に対し、前訴の不当提起による損害賠償金二〇〇万円および4の(一)の金員に対する前訴確定の後である同五七年九月一六日以降4の(二)の金員に対する不当提訴後の同五三年一月一日以降、各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の各事実はいずれも認める。
同3の(一)の事実中原告が主張のころ本件土地を測量し、測量図、面積計算書を作成したことは認めるが、その余の事実は否認する。
同3の(二)の事実は否認する。
被告(売主)は同四八年九月二九日山本建設(買主)との間に本件土地につき左記特約条項付の売買契約を締結した。
売買代金は実測取引とし面積に増減あるときは坪当り単価(一坪当り金五七一三円)をもつて面積確定後売主買主確認の上精算する。
右特約により測量することになつたが、その際山本建設の代表者訴外山本昭(以下「山本」という。)が原告を推せんしたので、被告は山本に原告に測量を依頼することを委任した、それに基づき山本が原告に測量を依頼したもので依頼者はあくまで被告である。
測量業者は、その業務を誠実に行い、常に測量成果の正確さの確保に努めなければならない。しかるに原告は隣地との境界を確定せず、官民の境界についても不明のまま測量したにとどまらず、他人所有の土地を含めてその周囲を測り、それより他人所有地の公簿面積を差し引くという方法によつた。その結果約七二〇坪少なく測量した。そのことは山本建設が同五〇年六月ころ訴外田村測量(以下「田村測量」という。)に依頼して測量した結果によつても明らかである。
同4の(一)の事実中、原告が主張の弁護士らに前訴の委任をしたことは認めるが、その余の事実は不知。
同4の(二)の事実は否認する。
第三 証拠(省略)
理由
第一 前訴関係等
請求原因1、2の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
第二 前訴提起の不当性について
一 前訴提起に至る経緯
前記第一の争いのない事実、成立に争いのない甲第二号証の一、同甲第三号証、同乙第二号証の一、二、同乙第三号証の一、二、同乙第五ないし第七号証、同乙第九号証の一、二、原本の存在および成立について争いのない乙第一号証、原・被告各本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 本件土地はもと技研工業株式会社(以下「技研工業」という。)の所有であつたが、技研工業は倒産しその破産管財人が管理するところとなつた。そのころ、小柳は右破産管財人と交渉し本件土地の販売権を取得し、その買手を探し同四八年八月ころ被告と数回にわたり交渉しその際移転登記用に小柳の白紙委任状と印鑑証明書を手交し被告が第三者に転売することを承認し、被告に代金一億〇五〇〇円で売渡し同代金を受け取り、その中から金九〇〇〇万円を右破産管財人に支払つたこと。
2 被告は、本件土地を買受けたあと、右委任状、印鑑証明書を示して転買人を探し、小柳立会のもと数回山本建設と交渉し、同年九月二九日交渉がまとまり、被告から山本建設に代金は後日実測のうえ坪当り金五七一三円に実測面積を乗じた金額とすることとし買受けたこと、しかしながら前記1の事情から契約書の売主名義のみを小柳とするが真の売主は被告であることを確認し合い、とりあえず契約金九〇〇〇万円(後日代金額確定後はそれに充当)は山本建設から被告の預金口座に振込み支払われたこと、売主買主共三〇〇〇坪ないし五〇〇〇坪のいわゆる縄延びのあることを予想し右坪当り単価も割安に決めていたこと、右売買契約に先だち実測を山本昭の義弟に当る原告に依頼することとし被告は原告に測量依頼することを山本にたのんだこと。しかし山本は被告に測量日を伝えなかつたこと。
3 原告は同年一〇月中ころ本件土地の測量に臨んだところ、現場には山本と小柳しか臨場せず、原告は小柳らに対し隣接土地所有者らの立会のうえでの境界確定がないと測量できない旨一旦断つたが、小柳らにおいて取引の資料にするにすぎないので本件土地を周辺は小柳の指示する測点に従い、測量し、その内にくい込んでいる訴外守屋某の土地(実測面積は公簿面積より少ない。)については公簿面積を控除して算出するという方法で測量してほしい境界は後日確定する旨申込まれそれを容れ周辺隣接地については官民地とも境界確定せずかつ右控除する方法により測量した結果本件土地の面積を一五、一九一坪と算出したこと、
それより先、被告は売買契約締結直後ころ小柳らが過少測量し縄延分を抑え、被告への精算坪数代金を少なくしその分を山分けしようと画策していることを察知し、被告は小柳より被告において精算金受領権限のあることを示す被告・小柳間の覚書および小柳名義の委任状をとりつけていたこと、
4 原告は前記方法で測量し同月二五日ころ測量図および面積計算書を山本建設にわたしたこと、その際山本は原告に対し右測量図等を被告に渡さないよう希望したこと、被告は翌日山本建設に対し精算金は被告に支払われるよう申込をしていたこと、被告は同月末ころ原告に対し測量図の交付を求めたが拒まれたこと、被告はその後原告による測量坪数を知り測量知識を有する訴外望月茂男(以下「望月」という。)と調査するとともに訴外東日測量(以下「東日」という。)に測量させ(勿論実測面積は原告測量と異つた。)同四九年三・四月ころ山本建設に原告、被告、山本、望月、東日らを集め東日において原告測量の不当を説き原告も前記測量方法によつたことを認めたこと、被告はその話合いおよび東日測量に基づき山本建設に精算金五四四万五〇〇〇円の支払を求めたが、山本建設は原告測量をたてに逆に過払金三二四万六三一〇円の返還を求め物別れとなつたこと。
5 その後小柳と山本は被告に内密に田村測量に本件土地の測量を依頼しその測量をもとに同五〇年六月一〇日ころ精算をすませてしまつたこと。
前掲甲第二号証の二のうち、前掲原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれも右認定事実に照らして採用しがたく、他に右認定を左右するにたりるものはない。
右認定の事実によれば、被告からすでに代金の完済を受けた小柳と買主の山本建設らは真実の売主たる被告の損失において不当の利得を得んと被告に内密に殊更原告をして過少面積を算出させ被告をして損失を生じさせた疑がある。
二 被告の前訴提起について
原告はその不当性について請求原因3の(二)のとおり主張するが、前訴認定の事実によれば、被告は小柳、山本らの画策により不当に過少に測量され損害を蒙つた疑があり、しかも被告は原告に測量を依頼することを前記のとおり山本にたのんだのであり、被告が測量の依頼主であることは勿論であり、被告はそのように信じていたものでそれに過失はなく、原告測量の直後ころ直接原告にその旨伝え前記話合のときにもその旨述べている、その際原告から原告主張(1)のことについてふれた証拠はない。原告は右のとおり原告測量の直後からひとたび小柳、山本以外に実質上の売主たる利害関係人の被告が出現しているのであるから、土地家屋調査士制度の趣旨すなわち不動産の表示に関する登記手続の円滑な実施に資し、もつて不動産に係る国民の権利の明確化(不動産それ自体の物理的客観状況を明かにすること)に寄与すること、従つて、その業務は公共的性格を有し公正誠実を旨とすべきであるとされていることに鑑み同測量にこだわらずその時点で正確な測量を実施し土地家屋調査士の職務を全うすべきであつたと解すのが相当である。
そうだとすれば、被告が前訴において自らが原告測量の依頼者であると主張したこと、およびその余の点についても故意は勿論過失もなかつたというほかなく、原告の主張は理由がない。
第三 以上説示のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。